このコーナーでは、企業でWebサイトの運営に携わっている方、マーケティング部門等でWebの活用法について考えておられる方向けに、Webマーケティングの実践のための手法やノウハウ、事例をご紹介していきます。市場に出回る書籍や雑誌では論じられることない、Webマーケティングの最前線に触れていただければと思います。
2006年03月29日
ネットワーク思考でWebマーケティングを考え直す(後編)
マーケティングユニット 棚橋
前回のネットワーク思考でWebマーケティングを考え直す(前編)の続きです。
■口コミ感染の3つの法則
さて、ネットワーク内で口コミ感染を扱った本に、マルコム・グラッドウェルの『なぜあの商品は急に売れ出したのか 口コミ感染の法則』があります。
アイデア、噂、犯罪の増加傾向などが、ウイルスの蔓延の仕方と類似した形で社会全体に拡がっていくという考えを検証したその著書の中でグラッドウェルは、1990年代半ばのアメリカ・ボルティモア市を襲った梅毒の伝染の突発的で大規模な広まりの要因を分析することで、「小さな変化がなんらかのかたちで大きな結果をもたらす」ネットワーク内での感染の要因として、以下の3つをあげています。
ようするに、梅毒が一気に広がる道筋は一通りではないということである。伝染病は<病原菌を運ぶ人々><病原菌そのもの><病原菌が作用する環境>その3要素の関数なのである。(中略)この変化を生み出す3つの法則を、<少数者の法則><粘りの要素>そして<背景の力>と名づけたい。
マルコム・グラッドウェル『なぜあの商品は急に売れ出したのか 口コミ感染の法則』より引用
この3つの法則を、Webマーケティングにあてはめて考えてみると、
- 少数者の法則:メッセージ、情報をより多くの人々、より遠くの人々にまで広めてくれるコネクター
- 粘りの要素:粘り強く環境適応しながら、情報淘汰を生き残ることが可能なメッセージ、情報そのものの特性
- 背景の力:「集合知の利用」を可能にするユーザーを信頼した具体的なしくみ(例えば、BlogのTrackbackやコメント)の利用、自社内に限った話題性ではなく、市場での話題性も考慮にいれる(Web2.0など)
といったことを考慮にいれて、Webマーケティング戦略を考え直す必要があるのかもしれません。
Web2.0の流れは、これまで情報も含めて資産の「私有」によって収益をあげていた企業のビジネスモデルを、資産の市場における「共有」にシフトさせることを促しているのではないかとも思えます。
これは企業にとっては、自社のビジネスモデルや組織構造の見直しもうながすような大きな変化だといえるのかもしれません。
■進化論から学ぶ
とはいえ、こうした変化を一夜で準備できることはないでしょう。
その理由は『ウェブ進化論』よりも生物の進化論を参照するほうがよいかもしれません。
『眼の誕生―カンブリア紀大進化の謎を解く』の著者であるアンドリュー・パーカーによれば、生物が多様な外部形態のデザインをもつ形で進化したのは、全10章からなる生物進化史の9章目でしかなく、それまでの長い道のりはすべて内部体制に進化史の章は費やされたそうです。
具体的には、40億年以上前に生まれた地球に発生した生命は、カンブリア紀の5億4300年前からのわずか500万年間を境にして、それまではたった3門の分類しかなかった生物種が、現在の全38門に分類される生物種にあっという間に進化したのです。
生物がカンブリア紀に多様な外部形態を爆発的な勢いで進化するためには、基盤となる内部体制を進化させる準備期間が必要でした。
その準備期間に長い時間が必要だったのは、パーカーの言葉を借りれば、「動物の体制や発生には、おびただしい数の遺伝子が関与している。それに対して、外部形態の形成を支配している遺伝子の数は、それよりも少ないのがふつうで」であり、かつ「外部形態とは違い、体内の体制は、移行途中の中間段階では機能しないことが多いため、徐々に構築するというわけにはいかない」からです。
長い時間をかければ、ほとんど目に見えない作用でも大きな結果をひきおこしうるのだ。ただしそれは、問題としている過程が徐々に変化し、各段階の小さな変化がどんどん蓄積されてゆく場合であり、しかも、生じた変化がしっかり根を下ろした時点で、その過程が再び新たなスタートを切れる場合である。
アンドリュー・パーカー『眼の誕生―カンブリア紀大進化の謎を解く』より引用
「ほとんど目に見えない作用でも大きな結果をひきおこしうる」というのは、グラッドウェルが『なぜあの商品は急に売れ出したのか 口コミ感染の法則』で多くの例をあげて、ネットワーク内で口コミ感染が広がる際の法則性として紹介してくれていることとも一致します。
また、先に紹介したバラバシは生物の体内ネットワークや生態系における食物連鎖のネットワークも、同じように成長の過程で自己組織化が起こったことで、小さな変化が大きな結果をもたらすことができるようなスケールフリー・ネットワークを手にいれたことを紹介してくれています。
「本当に実現したいのは何か?」
こう問いかけを行うことで、企業が自社の変革を考えることは非常に重要なことでしょう。
しかし、本当に実現したいことを実現するために、一気に大きな変化を起こそうとするのでは、おそらくうまくいかないのではないでしょうか?
本当に実現したいことを実現するのなら、まずは小さな変化を着実にゴールに向かって積み上げていく日々の活動が重要になってくるのでしょう。
■従業員個人をプロモートするしくみ
では、どうすれば、Webマーケティングにつながるような小さな変化が起こせるのでしょうか?
ここでは、そのための1つの方法になるであろう考え方を紹介しておきます。
「Blog:リテラシーを身につけるためのメディア」では、企業において従業員がBlogを書くことで外に向かって情報発信を行うことの重要性について、すこし指摘しました。
先にも書いたような、資産の「私有」から「共有」へシフトする流れがあるとしたら、何より重要な資産であるはずの従業員もまた、組織内部にとじこめてしまうのではなく、より外部と共有できるような形で働けるようなしくみを企業は考えていかなくてはならないのではないかと思います。
もちろん、それには個々の従業員がこれまで以上に、1つの機能を自身のみで実現できるようなスキルを身に着けていかなくてはならないでしょう。ただし、それは組織である限り、個々の従業員の問題である以上に、企業がいかに従業員個々をプロモートできるかという問題なのでしょう。
とはいえ、これも一足飛びに実現できるものではなく、最終的なゴールをそこに設定しながらも適切な段階を踏んで到達する方法を選択したほうが、結局ははやくゴールにたどり着けるのでしょう。
その最初のSTEPとして、Blogによる情報発信を従業員にまかせてみるということが考えられます。
これは既存のマーケティング手法から考えると、本当にそんなことが効果があるのか?と疑いたくなるような方法に思えるでしょう。
しかし、おそらく、Webのネットワーク、Webを利用する人のネットワークに、もっとも効果的にマーケティング的な情報伝達を可能にする方法としては、もっとも理にかなった方法ではないかと思います。
従業員一人ひとりが起こせる変化など、それこそ小さなものかもしれません。
しかし、大きな変化を起こすには小さな変化が必要です。
そして、その小さな変化をネットワーク上に広げていくためには、企業という単位でWebのOUT大陸に位置してしまうよりも、より柔軟に外部とつながることが可能で、中央大陸に位置できる、もしくは、中央大陸をはさんだIN大陸にリンク(バラバシによればトンネル)をはることができるような従業員個々のBlogによるコミュニケーションを導入することは、これからのWebマーケティングにおいては必要なことではないかと思います。
このようなこれまでのビジネスの常識では考えにくい変化を自ら実践していかなくてはいけないのは、これまでのビジネスに慣れ親しんだ方には非常に奇妙なことに思えるかもしれません。
しかし、梅田さんが『ウェブ進化論』で指摘してくれているように、「本当の大変化はこれからはじまる」のでしょう。
そうした環境変化に適応、サバイバルできるよう、いかに自社を進化させていけるかが今後の大きな課題になるのは間違いないのではないでしょうか?
※参考文献
- マルコム・グラッドウェル『なぜあの商品は急に売れ出したのか』(飛鳥新社)
- アンドリュー・パーカー『眼の誕生―カンブリア紀大進化の謎を解く』(草思社)