このコーナーでは、企業でWebサイトの運営に携わっている方、マーケティング部門等でWebの活用法について考えておられる方向けに、Webマーケティングの実践のための手法やノウハウ、事例をご紹介していきます。市場に出回る書籍や雑誌では論じられることない、Webマーケティングの最前線に触れていただければと思います。
2006年03月27日
ネットワーク思考でWebマーケティングを考え直す(前編)
マーケティングユニット 棚橋
最近、出張で外部で作業を行うことが多いのですが、そこであらためて情報ネットワークの重要さに気づいて唖然としています。
1つは、単純に外部からは社内のネットワークへのアクセスが困難になることで、情報入手が非常に困難になるか、あるいは、まったく不可能になる場合があること。
これは皮肉なもので、普段使っているWeb2.0的なWebサービスからはいくらでも情報が入手できるのに対して、もっとも身近なネットワークであってよいはずの自社のイントラネットからはほとんど情報が引き出せないという事態に陥ります。
裏返せば、それだけネットワーク・セキュリティがしっかりしているとも言えますが、これから企業組織内でのワークスタイルに、ある程度のユビキタスな仕事を可能にする環境を整えるためには、情報セキュリティと情報経済下におけるワークスタイルとの間のトレードオフを見直してみる必要があるでしょう。
これについては非常に重要なことだと思いますので、別の機会にあらためて考えることにしましょう。
もう1つは、普段いっしょに働いている人間と物理的に離れた環境で仕事をしていることにより、オフラインでの情報ネットワークも分断されてしまうということでしょう。
こちらに関しては、単にインターネットやWebのネットワークの問題ではなく、組織ネットワークが非常に緊密なために、逆にそこから離れた場合に失われてしまう情報の入手手段をいかに補完するしくみをつくることができるかということになるのでしょう。
こんな風にいつもと違った環境から、情報ネットワークやインターネット、Web、組織ネットワークというものを見つめなおしてみると、違った発見がありますし、私たちWeb制作会社が顧客企業様のビジネスに貢献していくために実現していかなくてはならない課題解決の方法はまだまだたくさん眠っているのだと感じます。
その際、先端科学の分野でも、これまでの1つ1つの部品に着目して研究を進めてきた還元主義から、部品相互の関わり方も含めて全体の機能をとらえるネットワーク思考に重心が移っているように、私たちも、単にサイト単位、企業単位で考えるばかりでなく、より全体的なインターネット、市場というものをネットワーク思考でとらえていくような視点の転換が必要になってくるのでしょう。
■Webのネットワークの4つの大陸
ここ数回のエントリーでは、ネットワークをネットワーク一般という形でとらえてきました。
しかし、単にここで問題にしているネットワークだけを考えてみても、ルータなど物理的な機器によってつながったインターネットのネットワーク、htmlファイル同士がハイパーリンクでつながったWebのネットワーク、ブロガー同士のつながりやSNSでのつながりなど、ユーザー同士のネットワークなど、少なくとも3つのネットワークが関係していることがわかります。
それら異なるネットワークが同じように成長するネットワークとして、べき乗則に従っていくつかのノードが非常に多くのリンクをもつハブとなることで、ネットワーク全体のつながりを保持し、情報などの伝達効率を高めるスケールフリー・ネットワークを自己組織化していることは、数々のネットワーク研究によってわかってきています。
しかし、そうしたネットワーク一般に共通の法則があるのと同時に、個々のネットワークにはそれぞれ異なる特徴をもつことも確かなことでしょう。
例えば、複雑ネットワークの研究で知られるアルバート=ラズロ・バラバシはその著書『新ネットワーク思考 ~世界のしくみを読み解く~』は、Webというネットワークの独自性を次のように指摘しています。
ワールド・ワイド・ウェブでこの問題に初めて取り組んだのが、AltaVistaのアンドレイ・ブローダーと、IBMとコンパックに所属する彼の共同研究者たちだった。彼らは約2億のノードをサンプルとして研究したが、これは1999年段階で存在した全ウェブページの5分の1に近い数である。その研究から、向き付けされていることの最大の影響が明らかになった。それは、ウェブが単一の均質なネットワークにならず、4つの大陸に分裂することである。そして大陸ごとにナビゲートしなければならないのである。
アルバート=ラズロ・バラバシ『新ネットワーク思考 ~世界のしくみを読み解く~』より引用
皆さん誰もがご存知のように、Webをネットワークとしてつなぎとめるハイパーリンクというつながりには「ナビゲートする向き」が決まっているという特徴があります。インターネットのルータ同士は相互にどちらの方向にも通信可能ですが、2つのWebページをつなぎとめるリンクは、一方から他方にはナビゲートしていても、その逆向きのナビゲートは存在しないことがほとんどです。
バラバシが指摘しているのは、この「ナビゲートする向き」が決まったリンクという特徴が存在するために、Webのネットワークは分裂してしまうということなのです。
その4つの大陸とは以下の4つだといいます。
- 中央大陸:この大陸内のノードは互いに連結された経路をもつ
- IN大陸:IN大陸からは中央大陸に行けるが、そこから再びIN大陸には戻れない
- OUT大陸:中央大陸から行くことはできるが、いったん中央大陸から出たら二度と戻れない
- 島および半島:相互リンクしあうページの孤立したグループで、中央大陸とは切り離されていて、そこに行くこともそこから来ることもできない
Webマーケティングを考える上で、この4つの大陸に分断されたWebのネットワークの特徴が意味をもつのは、バラバシの次のような指摘でしょう。
OUT大陸に住むのは企業のWebサイトで、そこに入るのは容易だが、いったん入れば出る道はない。
アルバート=ラズロ・バラバシ、同上
つまり、OUT大陸に位置する企業サイトは、情報収集を行っているユーザーにとってはその行動の行き詰まりに位置するのです。
企業側の思考からすれば、いったん、自社サイトに入ってきてくれたユーザーを逃がしたくないという意識が働くのかもしれません。
しかし、もし、そこにユーザーの満足度を十分に満たす情報提供が行われていなかったとしたら、ユーザーの知識獲得は不十分なまま、そこで立ち切れになってしまう可能性が大きいのです。
■ネットワークにおける成功と失敗
バラバシはまた、1990年代後半のアジア通貨危機や、アウトソーシング戦略によって成功したシスコやデル、コンパックなどの企業が陥った2000年3月から2001年3月までの市場価値の下落にも、ネットワーク効果によるカスケード故障(1つの部品の小さな故障がネットワーク全体に雪だるま式に波及してネットワーク全体もしくは大きな部分に故障をきたす現象)を指摘しています。
自社の直接的損得だけしか考えない自己中心的なスタンスでは、ネットワーク思考はできない。ひとつのノードの振る舞いが他のノードにも影響を及ぼすせいでネットワーク全体がゆらぐことが理解できないからだ。
アルバート=ラズロ・バラバシ、同上
OUT大陸に位置する企業サイトは、自社サイトから別のWeb大陸へのリンクをもたないことで、ユーザーの流れをそこで停滞させてしまいます。それは単にユーザーの流れをとめるだけでなく、情報伝達の流れをとめることにもつながるのではないでしょうか?
マーケティングにおいては、情報を広く行き渡らせることが課題であるのに対して、このWebのネットワークにおける企業サイトの位置づけは、そうした課題に反しているといえるのではないでしょうか?
一方で、バラバシは、ネットワークにおける経済・ビジネスの失敗だけをとりあげるのではなく、Hotmailが宣伝なしに多くのユーザーを獲得したようなネットワーク環境をうまく利用したマーケティングの成功例もあげています。
前回の『ウェブ進化論』の売上面での成功も同じようにネットワーク特性をうまく活かしたことでの成功例ととらえることが可能でしょう。
なぜなら情報発信の中心的な役割を演じたといえる著者の梅田さんのBlog「My Life Between Silicon Valley and Japan」は、はてなダイアリーの利用やBlogの基本機能であるトラックバック、コメント機能を活かすことで、通常、企業サイトが位置するようなOUT大陸ではなく、情報がより効率的、効果的に循環可能な中央大陸に位置していたと考えることができるのですから。
Blogでのマーケティング効果を、単にSEO的効果や情報更新のメンテナンス性の簡便さ、コメント機能を用いたユーザーコミュニケーションに求める向きがあります。
しかし、それは還元主義的にBlogの部品的性質を扱った理解でしかありません。
本当にBlogマーケティングを考えるのであれば、Webというネットワーク特性の「4つの大陸」における情報伝達の方向性などもきちんととらえた上で理解しなければ、Web2.0的環境において、効果のあるWebマーケティング施策を実行するのはむずかしいでしょう。
「ネットワーク思考でWebマーケティングを考え直す(後編)」に続く。
※参考文献
アルバート=ラズロ・バラバシ『新ネットワーク思考 ~世界のしくみを読み解く~』(NHK出版)