このコーナーでは、企業でWebサイトの運営に携わっている方、マーケティング部門等でWebの活用法について考えておられる方向けに、Webマーケティングの実践のための手法やノウハウ、事例をご紹介していきます。市場に出回る書籍や雑誌では論じられることない、Webマーケティングの最前線に触れていただければと思います。
2007年05月16日
コンテキスト・デザイン
マーケティングユニット 棚橋
マーケティング・リサーチの分野では、アンケート調査法やフォーカス・グループなどの一般的な調査法は人々のニーズを探るのには適切ではないといわれています。
同じようにユーザビリティの分野でも、古くからデザインとユーザビリティの研究を行っている認知科学者のドナルド・A・ノーマンが、
真のニーズを突き止めることは、思っているよりも難しい。本当の問題を明確に言い表すことは難しいものだ。その問題を意識していたとしても、それがデザインの問題とはあまり考えない。
ドナルド・A・ノーマン『エモーショナル・デザイン―微笑を誘うモノたちのために』
と述べています。
人々はすべての行動を意識レベルで行っているわけではなく、むしろ、自然に行っている行動のほとんどが意識下で行っています。意識していないことは聞いてもわかりません。意識していないことを聞いて答えてくれるとしたら、それはその人が勝手にそれらしい物語を作り上げているのです。
処理の3レベル
ノーマンは先に引用した『エモーショナル・デザイン―微笑を誘うモノたちのために』の中で、アンドリュー・オートニーとウィリアム・リヴェールの情動に関する研究から、人間の行動が脳機能の異なる3つのレベルに起因する特徴を示すことを紹介しています。
- 本能レベル:自動的で生来的な層
- 行動レベル:日常的な行動を制御する脳の機能を含む部分
- 内省レベル:脳が熟考する部分
つまり、この脳の3つの処理レベルで考えれば、人間がはっきりと意識して行動を行っているのは内省レベルだけで、ほかの本能レベルや行動レベルでの処理は意識下で行っているので、たとえ、なにかモノを利用していて問題が生じたとしても、人ははっきりとその理由や自分自身のニーズを明確に答えることはできないのです。
はっきりとわかっていないニーズの発見
では、モノのユーザーエクスペリエンスを向上しようとするデザイナーはどうやって「はっきりとわかっていないユーザー自身のニーズ」を発見すればよいか? ノーマンは次のように述べます。
ほとんどの人は真のニーズに気づいてないから、それを見つけるには自然な状況で注意深く観察する必要がある。訓練を積んだ観察者は、しばしばそれを経験している人でさえ意識的に認識していないような問題点や解決方法を見つけることができる。
ドナルド・A・ノーマン『エモーショナル・デザイン―微笑を誘うモノたちのために』
前回、紹介した「コンテキスチュアル・インクワイアリー(文脈的質問)」も、実際に使う人さえ意識していない問題点とその解決方法を発見するための観察の1つの方法です。
Webサイトのユーザーエクスペリエンスを向上するためには、そのサイトを利用するユーザーの行動をコンテキスチュアル・インクワイアリーなどの手法を用いて観察し、そこで得られた発見をさらにコンテクスト・デザインという手法を用いて構造的に分析することが大事なのです。
ユーザーの行動の構造を分析するためのワークモデル
コンテキスト・デザインも前回のコンテキスチュアル・インタビュー同様に、ヒュー・ベイヤーとカレン・ホルツブラットが1997年の著書"Contextual Design"で紹介している手法です。
方法としては観察によって得られたユーザー行動に関する情報を、以下のような5つのワークモデルを使い、構造的に分析していきます。
- 1.フローモデル
- ユーザーがタスクを終える際に必要なコミュニケーションの流れを記述するモデル。
- 2.シークエンスモデル
- ユーザーがタスクを終えるまでの行動を時系列で記述するモデル。
- 3.アーティファクトモデル
- ユーザーがタスクを終えるまでの過程で作成するアーティファクト(人工物)を記述するモデル。
- 4.文化モデル
- 行動が行われる環境における、影響者と影響の範囲や度合いなどを記述するモデル。
- 5.物理モデル
- 行動が行われる物理的な環境を記述するモデル。
ワークモデルはプロジェクト管理で用いるツールといっしょ
こんな風に5つのワークモデルを示しただけだといまひとつピンとこない方が多いでしょう。
しかし、よくみると、この5つのワークモデルはどれも、普段、みなさんが自分たちの仕事をスムーズに行えるよう計画したり管理したりする際に用いる、スケジュール(シークエンスモデル)、成果物一覧(アーティファクトモデル)、プロジェクト体制図(文化モデル)、議事録(フローモデル)、会議場所や作業場所、必要なツールなど(物理モデル)と同じものだと考えたらどうでしょう?
みなさんが自分たちの仕事の流れを明確に描くことで管理しやすくするために用いる手法と同じことを、コンテキスト・デザインではユーザーの行動を明確に描き出すために用いるのです。
スケジュールや成果物、体制やコミュニケーションルールなどを明確にしたほうがプロジェクトが円滑に進みやすいように、ユーザーの行動から問題点を明確にし、より円滑なユーザーエクスペリエンスをデザインしようと考えるのなら、同じような手法を用いるのは理に適っているのではないかと思います。
そして、ペルソナ/シナリオ法
このように個々のユーザーの観察から得られた情報を、コンテクスト・デザインの5つのワークモデルを使って分析する。個々人の行動に関する情報を構造的に分析できたら、そこに共通のパターンが浮かび上がってきます。
調査で得られた事実とその分析データが得られたら、ユーザーの行動を改善し、より好ましいユーザーエクスペリエンスをデザインしていく番です。いきなりモノをデザインするのではなく、ユーザーがどんな行動をすると、ユーザーにとってよい経験が得られるかをデザインするのです。
その手法こそが、先日紹介したペルソナ/シナリオ法です。
ペルソナを使って描くユーザーの行動シナリオこそが最初のデザインなのです。