このコーナーでは、企業でWebサイトの運営に携わっている方、マーケティング部門等でWebの活用法について考えておられる方向けに、Webマーケティングの実践のための手法やノウハウ、事例をご紹介していきます。市場に出回る書籍や雑誌では論じられることない、Webマーケティングの最前線に触れていただければと思います。
2006年05月09日
HII(Human Information Interaction)とマルチデバイス
マーケティングユニット 棚橋
「人間が情報に対して、その両者を結ぶ媒体は無関係に、どのように相互作用を及ぼし、関わりを持ち、処理を行うのか」を意味するHII(Human Information Interaction、人間と情報の相互作用)というアプローチが、これまでのHCI(Human Computer Interaction、人間とコンピュータ間の相互作用)に代わって、情報利用時のユーザビリティを高めるためのコンセプトとして注目されるようになっています。
例えば、Web標準準拠によるWebデザインにおいて、情報の構造、表現、振る舞いがそれぞれ独立しつつ相互に関連したレイヤーに分離されているのも、人間と情報の「両者を結ぶ媒体」が何かということに依存せずに、ユーザーの情報へのアクセシビリティを高めるという目的が1つあります。
つまり、構造、表現、振る舞いが独立した形でデザインされていれば、「人間と情報を結ぶデバイスがPCのWebブラウザでも、携帯電話でも、カーナビでも、プリンターでも、同一の情報へのアクセスを可能にするのです。
■情報検索とHII
先日の「5W1Hで考える情報の連携」というエントリーでは、「ユーザーの要求、行動に応じた情報へのナビゲートを行うためには、情報のコンテクストのほうも同じように5W1Hで整理されていなくては検索、マッチングは成り立ちません」と書きましたが、ユーザーニーズと情報の接点を5W1Hによるメタ情報によってとらえるアプローチもHII的なものだといえるでしょう。
ジョン・バッテルの『ザ・サーチ』に見られる次のような一文は、検索においてもHII的アプローチで、情報のコンテクストを明確にすることと同時にユーザー要求のコンテクストも明確にすることが必要であることを示したものです。
検索が知能をそなえるためには、リクエストを理解できなければならない。「問題はなにかを見つけることではなく、なにが問題かを理解することです」とマッカーサー財団から天才賞を贈られたコンピュータ科学者のダニー・ヒルズは言う。そして人間が本当に探しているものを、検索エンジンが理解できるかどうかにかかっているとする。
ジョン・バッテル『ザ・サーチ』より
人間と情報の相互作用を考えるには、「誰が」「いつ」「どこで」「何を」「なぜ」必要としていて、それを「どのように」解決しようとしているかを捉える5W1H的視点はますます必要になってくるでしょう。
■ビットとアトムの錯綜する世界
先にも書いたとおり、5W1H的な視点を実装レベルで考えると、各々の情報に適切なメタデータを付与することが必要になります。
先日、出版された『アンビエント・ファインダビリティ ウェブ、検索、そしてコミュニケーションをめぐる旅』でも、著者のピーター・モービルが「ソシオセマンティックウェブ」と題された章でメタデータとファインダビリティの関係を考察しています。
オントロジー、タクソノミー、フォークソノミーは相互排他的なものではない。企業ウェブサイトのような多くの利用背景においては、オントロジーとタクソノミーによる公式な構造を定義することに投資するだけの値打ちがある。それ以外のブロゴスフィアのような環境では、フォークソノミーによる非公式なセレンディピティがあれば、何もないよりはありがたいのは間違いない。そしてまた、イントラネットや知識ネットワークなどの場合には、両方の要素を組み合わせたハイブリッドなメタデータ環境を作るのが理想的だろう。
ピーター・モービル『アンビエント・ファインダビリティ ウェブ、検索、そしてコミュニケーションをめぐる旅』より引用
上記の引用にあるとおり、問題はどの方法でメタデータの付与を行うかではなく、とにかくメタデータの付与を行うことで情報のファインダビリティを何よりマシな状態に引き上げることです。
そして、メタデータが付与される対象は単に「情報」だけではありません。
この本の「ファインダビリティ」という言葉のスコープは、Web上での情報検索性の領域を超えて、迷子の子供の居場所を見つけたり、地図やカーナビによって提供される目的地までの道順に関する情報にくわえ、道路標識やランドマークなどのリアルな場に存在するオブジェクトの情報を頼りに行う経路探索などにまで広がっています。
当然、メタデータをつけて分類することでファインダビリティが高められる対象も情報(ビット)だけでなく、モバイル機器、GPS、RFID、Wi-Fi、IPv6などの技術によってリアルなモノや人(アトム)もその対象となってきます。
その時、ユーザーは情報を探す主体であると同時に、自らを見つけてくれる人を求める情報(あるいは人)に探される客体ともなるのです。
■携帯電話へのGPS搭載の義務化
1つ具体的な例をあげておきましょう。
まず1つめは、総務省が方針として掲げている、2007年4月以降に発売されるすべての第3世代携帯電話(3G)端末へのGPS機能搭載の義務化です。
これは携帯電話からの110番通報や119番通報が急増している一方で、固定電話と違って携帯電話での通報者の位置特定ができないといった緊急通報に関する問題への対応として打ち出されたものです。
GPSによって可能になるユーザーの現在地に関する位置情報というメタデータは次のような二重の意味でファインダビリティの向上につながります。
- 1つは、先の緊急通報時の位置の特定というシーンや、NTTドコモが3月に開始したサービス「イマドコサーチ」のように子供の居場所をGPS機能によって確認できるといった、「人」が検索の対象となる場合のファインダビリティの向上です。
- もう1つは、 auの歩行者向けナビゲーションサービス「EZナビウォーク」などにも技術提供しているNAVITIMEのように、ユーザーの現在地の特定によって、その場に応じた適切な(メタデータをもった)情報のレコメンデーションを可能にするものです。
特に後者はマーケティング的視点に立っても非常に魅力的ではないでしょうか?
こうしたGPS情報がユーザー情報を介してAmazonの「ウィッシュリスト」のようなユーザー要求のリストと結びついた瞬間を想像してみてください。
また、「5W1Hで考える情報の連携」でも紹介したFroogleのGoogleマップを利用したLocal Shopping Searchと結びついたらどうでしょうか?
オンライン・ショッピングが今欲しいと思ったものをその場で買えるようにする仕組みだとしたら、GPSとウィッシュリストによる連携は欲しかったものを今買えるようにする仕組みとなるでしょう。
また、現在のリスティング広告のマッチング精度を高めるためにエリア情報による絞込みを加えることで、新しい広告が生まれるかもしれません。
■マルチデバイスによる情報へのアクセス
モバイル機器は何も携帯電話だけではありません。
W-ZERO 3のようなデバイスもありますし、マイクロソフトのウルトラモバイル PC (UMPC) など、ほとんどPCやノートパソコンと変わりないものもあります。
さらに他のモバイル機器とは異なる用途を持ち、かつWebブラウジングが可能なモバイル機器としてカーナビを忘れるわけにはいきません。
Googleマップの登場以来、位置情報への注目が集まったことで、カーナビ向け(あるいはカーナビとPCや携帯電話の連動)の新しいWebサービスも見かけるようになりました。
- ドライブプラン(GAZOO.com):携帯やPCから設定したドライブプランをカーナビに設定可能。目的地の検索やルート作成は操作のしやすいPCで行える点がメリット。
- インターナビ・ラボ:インターナビ・プレミアムクラブ会員の車自体をセンサーにして収集した情報を元に、独自の渋滞情報をPC向けにGoogle Earth上に表示するサービス。
こうしたカーナビのようなデバイスへの情報提供も、Googleマップをはじめとする地図情報表示用UIや先の携帯電話のGPS機能、そして、Web2.0的なBlogやソーシャルブックマークを利用したユーザーからの情報発信、評価などが連動するようになれば、リアルな場での情報やモノの探し方はまったく違ったものとなってくるでしょう。
もちろん、そうしたユーザー行動の変化は企業のマーケティング活動にも変化を促します。
しかし、Webマーケティングがプッシュ型よりプル型のほうが成功確率が高いように、PCとさまざまなモバイルが連携した形でのマーケティングの場合でも、キーとなるのはいかにプッシュとプルのバランスをとることではないかと思います。
この点に関しては、また次回にあらためて考えてみようと思います。